運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login
15件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

  • 1

1972-06-01 第68回国会 参議院 内閣委員会 第16号

戦争というものに対しては、敗戦という体験によりまして、非常にわが国国民戦争ということに対するアレルギー——これはわが国国民ばかりでなく、そういう好戦国民というものは、現在地球上に存在していないと私は思いますが、そういうなまなましい現状というようなものが報道されることによって、少なくとも不安が皆無とはいえない。不安が存在しておることは認める。

竹下登

1971-12-22 第67回国会 参議院 沖縄返還協定特別委員会 第8号

アメリカも私は好戦国民とは思っておりません。われわれ日本人好戦国民とは思っておりません。ただものごとの安全をどう考えるかということについては、実質的にいろいろ考え方が違うと思います。だんだんそれも極東情勢変化、あるいは世界情勢変化、あるいは社会主義あるいは資本主義、そういうものの変化によりまして、おのずと日々刻々変わってまいります。

高田寿夫

1968-04-17 第58回国会 衆議院 文教委員会 第10号

国防国防と、こう申しますと、いかにも何か戦争でもやるのじゃないかとか、あるいは極端にいえば好戦国民をまたつくるのか、したがって文部大臣は反動的な考え方を持っておるのじゃないか、こういうふうな御批判もちょいちょいちょうだいするわけでございますけれども、現在の日本がいわゆる平和国家として、民主国家として、また文化国家福祉国家として進んでいかなければならない大原則というものについては、私どもはあくまでもこれを

灘尾弘吉

1955-05-30 第22回国会 衆議院 外務委員会 第12号

軍人ですから単純で、こういうことを言えば、日本人好戦国民だから喜ぶであろうと考えて、そういうことを言ったらしい。辻政信君などは、ああいううかつなことを言うものでないかというようなことを言って、非常に心配しておりました。それで原爆を持ち込むということは、今日の安保条約行政協定はこれを制限することができないわけでございますので、持ち込むということはできる。

菊池義郎

1954-09-22 第19回国会 参議院 内閣委員会 閉会後第5号

この地理の教科書の「日本」というところを見ますと、もう書き出し最初から、日本好戦国民である、それから中国人たち平和愛好国民である、日本人に鉄を与えるというと劔を作る、中国の人に鉄を与えるというと農耕用の鋤を作る、こういう書き出しでずつと行つておるのですね。それが一九五一年の出版の教科書

野本品吉

1954-06-02 第19回国会 参議院 本会議 第57号

従来好戦国民として世界から非難をこうむつておる日本国民は、今や世界においても稀なる平和愛好国民となつておるのであります。それは日本国民が、最近九年間に実に深刻な経験をいたしたからであります。その一つ敗戦であります。これがどのように日本国民の思想に影響を与えたかは申述べる必要はありません。この悲痛な幻滅が戦争に対する日本国民考え方を激変させたのであります。

鶴見祐輔

1954-04-13 第19回国会 衆議院 内閣委員会公聴会 第1号

すなわち、日本国民武力侵略をしない、好戦国民でないということを明らかにした条文です。国権の発動の一部たる自衛権の行動に関しては規定していないのであるから、自衛隊が戦力を保持しても決して憲法違反にあらずと私は確信するのであります。これは文理解釈上疑いをさしはさむ余地なきものと存じます。世人あるいは憲法第九条第二項末段に「国の交戦権は、これを認めない。」

佐瀬市太郎

1953-07-27 第16回国会 参議院 通商産業委員会 第20号

まあそういつた海外に対して武器をどんどん輸出して行くことがいいか悪いか、これは現在の日本の政治的な情勢等から見まして好戦国民というか、或いは侵略国民というか、そういうような海外からの思惑等を考慮いたさなければなりませんから、直ちに輸出の引合いがあるからどんどん造つて輸出して行くのだということはどうかと思いますが、いずれにしてもそういう情勢もあるわけであります。

葦沢大義

1953-07-08 第16回国会 衆議院 予算委員会 第18号

〔西村(久)委員長代理退席委員長着席〕 しかるにその後、これは私の考えでありますが、アメリカが親しく日本の朝野に接して、今まで日本好戦国民であるというような考えを持つておつたが、よくつき合つて話合いをしてみると、日本人平和愛好国民であるということがよくわかつた、これが一つ、もう一つ世界情勢推移変転というものが、日本となお強く結ばなければならないという考えを、彼に持たせたということが一つ

小林絹治

1952-12-19 第15回国会 衆議院 外務委員会 第11号

主権を回復した日本がこの難局にあたつて世界列強に向つて日本をよく知らしめ、日本は決して好戦国民でない、世界平和のために日本はどうしても協力して行きたいのである、貢献をして行きたいのであるという建前から、一体これからの外交をどういう構想でやつて行こうとされるのか、私は現在としては文化面のようなところから十二分に働きかけて行くということが最も適当であると思う。

松田竹千代

1952-12-04 第15回国会 衆議院 予算委員会 第7号

日本国民好戦国民でもない。軍国主義者でもない。これを日本国民をかくあらしめたものは、明治三十一年に山県公が、日本陸海軍大、中将にあらざれば、陸海軍大臣たることができないという規定を設けたことであります。最初はこれを陸海軍の省令として、後にはこれを勅令として、ほとんど国民をごまかして、憲法違反であるにかかわらず、これをもつて日本中心勢力とした。

植原悦二郎

1952-12-01 第15回国会 衆議院 外務委員会 第4号

そこで私が一言申したいのでありますが、日本人が必ずしも好戦国民ではありません。日本国民は必ずしも戦争をあえていどんで出る国民ではないが、日本をさようしからしめた理由は、申すまでもなく、明治三十一年の山縣公勅令であることをお気づきにならなければいけない。これが陸海軍大臣陸海軍大中將でなければならないと規定をつくつた。

植原悦二郎

1951-10-20 第12回国会 衆議院 平和条約及び日米安全保障条約特別委員会 第5号

その後社会情勢はただいまるる御指摘になりました通り、非常な変革を来しまして、当時世界的に非常なる好戦国民として指揮され、そうして世界的に相いれない、相交わることのできない国民として除外されましたところの日本国民が、この六箇年間を通じまして営々として盡しましたところの誠実と平和建設の努力が、今日初めてみごとに効を奏したと私は存ずるのであります。

石原登

1951-03-22 第10回国会 衆議院 文部委員会 第14号

もちろん戦争中、当時の政府が、戦争目的遂行のために、学校の生徒、教授その他に対して、神社中心に置いて、そして戦争送行意識を高揚しよということを、われわれは承知いたしておりますが、神社本質そのものが、軍国主義の要素であり、あるいはそれから来た結果が、日本人をして好戦国民としたというふうな考えに対しては、われわれそこに根本的な考えの誤りを指摘したいのであります。

浦口鉄男

  • 1